養育費を適切に支払ってもらうには?
~民執法改正後の手続きをご紹介~
前回のTOPICでご紹介したとおり、2020年4/1付で改正民事執行法が施行されました。
その骨子は、
1、債務者財産の開示制度の実効性の向上
2、不動産競売における暴力団員の買受け防止の方策
3、国内の子の引渡し及び国際的な子の返還の強制執行に関する規定の見直し
4、差押禁止債権をめぐる規律の見直し
5、債権執行の終了時期の明確化
というものでした。
わかりやすく言えば、いずれも裁判で勝ったり和解をした場合に、
相手方からの給付(金銭などの支払い)を受けやすくするのが狙いです。
これらのうち、当ブログでご紹介しています養育費や婚姻費用の請求に大きく関係するものは、
1の「債務者財産の開示制度の実効性の向上」ということになります。
すなわち、相手方が持つ財産の情報を得やすくすることによって、
本来払ってもらうべきお金を、受け取りやすくなったというわけですね。
これまでは裁判に勝って、正当に払ってもらうべき権利を手に入れても、
相手方の不作為や財産隠しなどによって泣き寝入りするしかないケースも少なくありませんでした。
しかし今回の改正で、離婚で問題になることの多い養育費や婚姻費用なども、
きちんと払ってもらいやすくなったことは大きな進歩だと思います。
では、実際にはどのような手続きを行えばいいのでしょうか。
今回はその流れをわかりやすくご紹介していきます。
◇
まずは債務名義が必要
「こんなはずではなかったのに」。皆さんの誰もがそう思われることでしょうが、離婚などの出来事は突然やってきます。しかもパートナーと別れなければならないうえに、金銭トラブルの問題が降りかかることも少なくありません。
婚姻費用はもちろん、子供を引き取った場合は養育費も払ってもらわなければなりません。
でも、相手方が払ってくれなかったら。。。
そのような場合には、まず裁判手続きによって裁判所で事実を明らかにして争ったうえで、勝訴判決や和解調書などの債務名義を入手する必要があります。
その債務名義に関し、今回の民事執行法の改正では、これまでの規定にはなかったものが新たに加えられ、この点も債権者(多くの場合は申立人)にとって有利になりました。すなわち債務名義の範囲を拡大することにより、手続きがしやすくなったのですが、これについては後でご紹介しましょう。
執行手続きの着手
裁判で勝訴判決などを得たとします。しかし余程の場合でないと、そのままでは相手方はこちらの請求に応えてくれないのが普通です。心構えとしても、実務上はそう考えておいたほうが無難でしょう。民事執行法が予定する「執行」は、払ってくれない相手に対し、強制的に払わせる。そのための制度です。
勝訴判決を得ると、これに執行文といういわゆる裁判所の“お墨付き”を付けてもらい、相手方の財産、多くの場合は給料などを差押えることによって給付を受けることになります。その一連の流れを法律的には「執行の着手」と言ったりします。少し怖いイメージがあったりしますよね。でもそうでもしないとお金を払ってもらえないのなら、そこは仕方がないと割り切るしかありません。相手方からの給付を得るには、いずれにせよ、執行の着手が必要条件になります。
ところが、相手方が姿をくらまして行方不明だったり、財産を他人名義に移し、事実上隠してしまったりと、執行に着手しても必ず成功するとは限りません。このように、執行には着手したけれども事実上失敗し、満足に給付が受けられなかった。そういう場合に、今回の改正民事執行法が効果を発揮してくれるというわけなんです。逆にいえば、実はここから先の手続きに改正のポイントがあるのです!
財産開示請求手続き
財産開示請求って?
財産開示請求の手続きとは、債権者の申立てにより、裁判所が債務者を呼び出して、財産のありかや種類などを債権者に明らかにさせる手続きのことをいいます。
これまで見てきたように、裁判に勝訴して執行しても、相手方が財産を隠してしまったり、行方をくらましてしまった場合には満足な給付を受けることができません。
そこで、次のステップとして用意されているのがこの手続きになります。
改正前の問題点
実はこの手続き自体は改正前からありました。しかし罰則が比較的軽かったため、相手方が裁判所からの呼び出しに応じないと、結果として債権者が泣き寝入りすることが少なくありませんでした。
実際に、申し立てても呼び出しに欠席する債務者が40%だったとか、その結果、最終的に執行に失敗した弁護士が70%に及んだという報告もあるくらいです。
そのため、今回の改正に至ったというわけです。
ではどういう点が改正されたのでしょうか。具体的に見ていきましょう。
債務者の罰則規定を厳罰化
これまで、裁判所からの財産開示請求の呼び出しに対し不出頭でも、罰則規定は30万円の過料のみでした。しかし改正後は、不出頭や虚偽の陳述をした場合は、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金を科すというように大きく厳罰化されました。
これにより、債務者に大きな心理的圧力をかけることで、債権回収の実効性が期待できるようになりました。とくに、懲役が加わった心理的プレッシャーは大きいと言えます。
初の検挙事例!
実際昨年10月には、裁判所から財産開示手続きを受けたのに出頭しなかったとして、民事執行法違反(陳述等拒絶)の疑いで、男性が書類送検されています。
申立権者の範囲を拡大
債務名義のところで少し触れましたが、従来は勝訴判決や和解調書しか認められていなかったところ、改正後は仮執行宣言付きの支払督促や同損害賠償命令、金銭等の支払いを目的とする内容の公正証書等も財産開示手続の対象になりました。
これにより、簡易裁判所で言い渡された債務名義のほか、公正証書によっても財産開示請求手続きの申立てができることになり、より多くの債権者にチャンスが広がったことになります。
なお財産隠しの不安が残らない?
改正民事執行法は、施行からまだわずか1年ですから、改正でどれほどの効果が出ているかはじっくり注視していかねばなりません。
例えば財産開示請求の手続きは、裁判所が債務者に対し呼び出しを行うため、こちらが債権回収をしようとしていること、すなわち執行着手の意図を相手方に知られ、従来と同様に財産を隠されるリスクがなくなったわけではありません。
厳罰化されたとはいえ、やはり悪質な債務者(相手方)の動きに対しては細心の注意を払うべきでしょう。
各種情報取得手続きへ
さあいよいよここからが山場です。これまで見てきました改正民事執行法の大きな柱の一つが「債務者財産の開示制度の実効性の向上」だったわけですが、その最も重要な部分が、これからご紹介する各種の情報取得手続きになります。
具体的には、
・給与債権に関する情報取得手続き
・不動産に関する情報取得手続き
・預貯金債権の情報取得手続き
の3つの手続きになります。
改正民事執行法では、債務名義を入手するも強制執行が不能(失敗)に終わったことを要件に、上の3つの情報取得手続きが新設されました。
ここで注意すべきことは、給与債権と不動産についてはさらに財産開示手続きを行ったことが要件となるのに対し、預貯金債権については
債務者による口座隠匿の恐れが大きいため、財産開示請求手続きは不要という点です。
以下、個別に詳しく見ていきましょう。
1、給与債権に関する情報取得手続き
財産開示請求手続きの次のステップとして、給与債権に対して行うことができる情報取得手続きです。
月ごとに分割されるケースの多い養育費の給付では、給与債権の差押が有効と考えられますから、
今回の改正で新設されたこの手続きが最も期待できると考えられています。
情報取得の対象となる機関は市区町村などの自治体、日本年金機構、年金事務所、公務員共済組合などになります。
2、不動産に関する情報取得手続き
この方法では「債務者が所有権の登記名義人である土地又は建物」に関する情報を得ることができます。つまり対象不動産は債務者が所有しているものであることが条件です。
地上権、永小作権、賃借権又は採石権や、債務者が表題部所有者である物件なども含められ、情報取得の対象はおもに法務局になります。
3、預貯金債権の情報取得手続き
こちらは上の1、2とは違い、債務者の預金に対して直接的に債権執行を行う続きになります。その性質上スピーディな給付が期待でき、債務者の財産隠しの危険を避けるため、1と2に必要な財産開示手続きが不要という点は注目に値しますが、現状では情報を開示するかの決定権は各金融機関に委ねられるため、確実な給付が期待できるわけではない点に注意が必要です。
実務上、現状は大手のメガバンクしか対応が期待できないと言われています。
対象の金融機関は、銀行等(銀行、信金、労金、農協等)、振替機関等(証券保管振替機構、日本銀行、証券会社等)になります。
従来、債権執行は支店等を特定する必要があるため、弁護士法23条の2により所属弁護士会を通じた照会(いわゆる23条照会)という手段により、当該金融機関に対し情報提供を依頼するほかありませんでした。しかし、大手銀行であっても必ずしも回答を得られるとは限らなかったため、今回の法改正により金融機関に対して情報開示義務を負わせる運びになりました。
しかしそうは言っても、個人情報の最たるものの一つと考えられる口座番号の開示は、モラル上は大きな私権の制限にも値する重大事項ですから、今後どの程度金融機関全体で意思統一されていくか、しっかり注視していくべきだと思います。
養育費実務では給与の差押が効果的
多くの場合、毎月一定額の給付が望ましい養育費債権においては、執行や情報開示請求、情報取得手続きの対象として給与の差し押さえが最も有効かつ理想的と考えられます。実務上も給与を差し押さえるケースが最も多いと言えます。
したがって、相手方が定職についている場合には今回の改正はかなり有効であると考えられますね。
ご相談ください
民事執行法の改正で、養育費の給付が格段に受けやすくなりました。しかし、そうは言っても裁判手続きや債務名義(勝訴判決など)の入手、執行の申立て、情報開示請求、さらには各種情報取得手続きが必要で、これらすべてを円滑に行うには、ぜひ専門家へのご相談をお勧めいたします。
離婚した後に養育費を払ってもらえない方、裁判や調停などの法的手続きについて知りたい方、その他、養育費の請求について詳しく知りたい方は是非当事務所までご相談ください。
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